Jazz Dan Hitori

ジャズ・ピアノの自作音源、演奏動画です。毎週新作発表の予定。

불나비 / 민중가요 (火の蝶/韓国民衆歌謡 日本語版)

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 2009年に『歌よ、はばたけ!―韓国の民衆歌謡』という本
https://tsugeshobo.com/modules/archives/index.php?lid=426&cid=7
を買って、この中の曲をいつか演奏してみたいと思っていたのですが、その機会なく気がつくと10年以上たってしまいました。今回演奏した「불나비」(プㇽラビ=火の蝶)という曲について、『歌よ、はばたけ!―韓国の民衆歌謡』では、このように書かれています。

 リフレインの「お〜自由よ!よ〜喜びよ!」(原詞)という歌詞は、1970年代当時韓国の若者たちの軍事政権下での抑圧を跳ね返す、ほとばしり出る思いだった。作者不詳のこの歌は労働現場を中心に広まり、その後も歌い手の様々なバリエーションにより豊かになった。
 特筆すべきは1970年代後半から1980年代、日本での日韓連帯運動の中でも愛された歌だということだ。当時、日本でも『プリパ』、『朝露』などとともに金大中氏救援運動や、韓国労働者への支援運動、そして在日韓国人政治犯救援運動の中で歌われた歌があった。全国各地での支援のハンストや集会、デモ、署名活動にはいつも歌があった。

 『歌よ、はばたけ!―韓国の民衆歌謡』には、譜面と、朝鮮語、日本語の歌詞が記載されているのですが、この日本語歌詞は、男性二人の歌グループ「自由の木」によるものだということです。朝鮮語のAI歌手もないことはないようなのですが導入が難しそうなので今回は日本語歌詞で歌ってもらいました。原詞の翻訳を見ると、日本語歌詞はいろいろと原詞の内容を取り入れていることがわかります。しかし、日本語歌詞は「我らは戦う労働者」というフレーズが印象的ですが、原詞にはそういうフレーズはありません。また、日本語歌詞は、原詞の「火の蝶」を「火の鳥」に変えて、労働運動が「火の鳥のようによみがえる」という内容を付け加えています。
 その他、調べた所色々な情報がわかってきました。まず、2024年2月更新のこちらのサイトをDeepLで自動翻訳してみました。修正を加えて引用します。
https://namu.wiki/w/%EB%B6%88%EB%82%98%EB%B9%84

大韓民国の民衆歌。1981年に作られ、作曲、作詞者ともに不明であったが、中央大学経営学部貿易学科3年生に在学していたウム・ソンチョル 음성철 であることが判明した。
民衆歌手チェ・ドウン 최도은 が歌ったロックバージョンが有名である。

 というわけで、『歌よ、はばたけ!―韓国の民衆歌謡』では不詳となっていた作者はその後判明したそうです。このサイトには曲の「誕生背景」として以下のように記載されています。作者のウム・ソンチョルさんは大学生でありながら労働者のために夜学の教師もしていたということのようです。

 夜学教師をしていたチュンアン(中央)大学経営学部貿易学科3年生のウム・ソンチョルが1981年に作詞、作曲したが、一日10時間以上の労働で厳しい生活の中でも向学心を燃やしていた若い夜学生を思い浮かべながら作ったという。
 マボ(麻浦)区ソンサン(聖山)教会に通う夜学生を通じて、近隣のイファ(梨花)女子大学、ソンガン(西江)大学、ヨンセ(延世)大学の学生たちの間で愛唱され広まっていったこの曲は、チョン・テイル(全泰壱 신군부)が生前活動していたチョンゲ(清渓)皮革労働組合を皮切りに歌われ始め、数多くの労働運動現場で歌われるようになり、80年代の新軍部政権後、学生運動と労働運動が激化するにつれて広く広まり、1984年に初めてレコードに収録された。当時は今より遅く、悲壮に歌われていたというが、1980年代末、歌を求める人々をはじめ、様々な民衆歌手がロックで編曲し、リズムを入れるなどの新たな試みにより、今のような激しい伴奏と速いテンポの불나비が定着した。
 21世紀になってもその人気は変わらず、その起源の影響もあり、歌詞も党派性を感じさせないので、強い歌詞の民衆歌の中では党派を問わず歌われている曲の一つである。よく言われるように、PD派も NL派も一緒に歌う「プㇽラビ(火の蝶)」불나비。実際、歌詞だけを見れば右派の自由主義者も好きそうな内容なので、右翼もたまに歌う。

 ロック調のものとして最も有名であるらしい、チェ・ドウン(최도은、1964‐)のバージョンはこちらです。
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 この曲については、こちらのサイト
https://ameblo.jp/sonnykim/entry-12225186964.html
が、韓国の「公務員新聞」の記事
https://www.upublic.co.kr/news/articleView.html?idxno=3942
 を紹介しながら、詳しく書いています。

この記事によると、「火の蝶」が象徴しているのは1970年に平和市場で「労働基準法」の本を胸に抱え、「労働基準法を遵守せよ!」と叫んで焼身自殺したチョン・テイル/전태일烈士(22歳)だと書かれています。彼のこの焼身自殺を無駄にしてはいけないと、学生運動、労働者運動が新しい局面に入り、大きく盛り上がったそうです。ソウルには彼の銅像が置かれています。タイトルの「火の蝶」とは、燃えていた チョン・テイル/전태일君を表しているのでしょう。

 上記の記事によると、「プㇽラビ(火の蝶)」の歌詞は、チェ・ドウンのバージョンと違う歌詞があったそうで、その歌詞では、チェ・ドウンのポピュラーなバージョンで「我らは火の蝶」 ウリ プㇽラビ 우린 불나비 となっているところが、「我らは労働者」 ウリ ノドンジャ 우린 노동자 となっていたということです。これがその、チェ・ドウンのバージョンよりも古いバージョンです。
https://youtu.be/YnuXTC7kO2E

というわけで、おそらく「自由の木」による日本語歌詞は、こちらの歌詞を参照していたのではないでしょうか。
 チョン・テイルについては、日本語wikipediaもあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E6%B3%B0%E5%A3%B1
 ところで、「불나비」で検索すると、このタイトルの同名異曲が他に少なくとも2曲あるようです。一つはチャン・ユンジョン(張允瀞、장윤정、1980-)という女性歌手の曲。トロットというもともとは韓国演歌とも言われるようなジャンルの歌手ですが、トロットは今は演歌色は薄れているそうで、この曲もまったくイケイケポップスという感じの曲です。
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歌詞の一部をDeepL翻訳したものが以下ですが

ゆらゆら揺れるあの灯りの間にいつの間にか飛ぶ火の蝶
燃えることも知らずにバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン~~~。
孤独はほこりを払うようにトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥク
赤、青、黄色の照明の下で誘惑して誘惑して誘惑して

 つまり誘惑されて集まってくる「飛んで火に入る夏の虫」、が「火の蝶」ということなのでしょう。
 もう一つは、チョ・ヘウォン(趙海元、조해원、1934-)監督の1965年の映画「プㇽラビ(火の蝶)」の主題歌で、歌っているのは俳優で歌手のキム・サングク(김상국、1934-2006)さんだということです。
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映画の内容は、こちら https://www.kmdb.or.kr/story/135/4060 のDeepL翻訳によるとこんな感じらしいです。

優れた容姿を持つ女性がいる。多くの男たちが彼女に近づくが、そのたびに男たちは一人ずつ死んでいく。偶然彼女に出会った若い弁護士も彼女に恋をしてしまうが、次第に彼女を取り巻く事件に巻き込まれていく。

 これもやはり、「火の蝶」とは飛んで火に入る夏の虫のことのようですね。
 その他、FC불나비 というサッカークラブがあるようです。とにかく、由来はわかりませんが「プㇽラビ(火の蝶)」というモチーフは朝鮮ではよくあるものなのかもしれません。